(感想)短編集 サリーとアンの秘密

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 サリーとアンと聞けば「誤信念課題」を思い浮かべる方が多数いらっしゃると思います。「誤信念課題」、いつぞやの仰天ニュースで取り上げられていましたね。
 あの課題、最近話題のマジシャン新子さんだったらボールを入れる時に予め仕掛けをしておいて、一発で当てるんじゃないかと思います。(サリーがどこを探すかだって言ってるだろ)

 余談はこの辺で切り上げるとして、『短編集 サリーとアンの秘密』は件のサリーとアン課題に焦点化した作品というわけではありません。短編集ですが一つ一つのお話の長さはほぼ掌編なので、少ない時間でもじっくりと物語を楽しむことができます。
 そしてそしてそして表紙もとても素敵なのですよ~。サリーとアンが可愛いのは勿論、背景の青色もまた美しく、スペースで実際の御本を拝見した時の眩しさと言ったら、こんなオイラが触れていいものなのか分からず拝観料だけ払って立ち去るべきか迷いました。いや、本当に。可愛い表紙の本って自分なんぞが手にとって良いのか迷うんです。

 我も表紙を拝みたい! という方は作者様のサイトから特設ページに移動できますのでこちらからどうぞ。試読もできるみたいです。
 詠野万知子様のサイトはこちら→Little Curly



「大嫌いで大好きな困った感情のこと」

 まずタイトルが可愛い。そして語り口が可愛い。
 さらにその可愛さの中に収まろうとするアンの少しばかり可愛くない感情がいじらしくていっそ可愛い。可愛さに丸め込まれているような気は否めませんが、ここは語りに素直に耳を傾けておこうと思いました。
 読み終わった時に「ファヒョw」みたいな気持ちになったのですがうまく言語化できなかったので、皆さんもお手にとって各々の感覚を大事にしてください。(このお話に限ったことではありませんが)

「short hair girls talk」

 昔から二次元三次元に拘わらず、髪の長い女性を好きになることが多かったので、その人が髪を切って短髪にすると寂しくなったものだなあと懐かしくなりました。蛇足ですが最近はボブやベリーショートの興趣も解せるようになりました。
 そんな思い出があるからなのかは分かりませんが、色んなアンとサリーが登場する中で、私はこの物語のアンが一番好きです。共感できる要素が散らばっているからかもしれません。「どこの誰とも分からない男が~」とかよく分かる。

「スターシップ」

 ところどころに見え隠れしている、杏の「お兄ちゃん」に対する感情を想像しては微笑ましいような、切なくなるようなお話です。「切ない」という気持ちを物語の面白さとして消費するのが苦手なので、読後も結構感情を引き摺ってしまいましたが、つまるところその「切なさ」に惹かれているのだなあと思い当たりました。お話ではこちらと「Flower」が特に好きかもしれません。

「凍る季節のあいだに」

 重責を伴う危険な仕事に携わることを、納得されたアンと、反対されたサリー。
 しかし、物語を繙いてみるとサリーの方が仕事に対して真摯な印象を受けます。だってアンさん、検査なんて誤魔化せるとか仰っているんですよ……。あな恐ろしや。
 アンが自らの好奇心に打ち勝つことができたのか、それまで彼女が好奇心に従順だったことを考えると……想像するのが恐ろしいです。でも彼女だってもう大人ですからねえ。うん。

「アンの風船と羊の行方について」

 恐らくわざわざ結論を出さなくてもいいことについて、延々と考えたくなることってありますよね。むしろ考え事をしていなければ落ち着かないんじゃないかってくらい症状の進行しているアンに言い放ったサリーの言葉が言い得て妙です。

「さよならサリー」

 どんなサリーとアンが登場するのかについては、ご自身の目で確かめて頂きたいと思います。構成が巧妙です。
 「私そのもの」ではなく「私そのものっぽさ」というのが残酷なように思いますが、正しくその通りなんですよね。「私そのもの」を持ち出せる場所なんて、きっとほとんど無いんだろうなあ。就活だってスーツを着用して、企業に相応しい志望動機を、相応しい言葉で語らなければいけないのです。……ああ。(遠い目)
 ところで「笑わないアイドル」って聞くとWinkを思い起こしませんかね。私の物心がつく頃にはもう活動停止していたんですけど、それでも認知されているところに知名度の高さが物語られていますね。

「図書係」
 
 サリーはアンの不思議を、やっぱり不思議として受け止めることしかできなかったのだけれど、それでもサリーは彼女なりにアンに歩み寄ったのだと思います。不可思議なことに出会った時、問いを発し続けることができるからサリーとアンの物語は成立しているのだと感じました。
 蛇足ですが私は昔、青空文庫で夏目漱石の「それから」を読んだら頭痛が痛くて絶対の安静が必ず必要な状態になったのでパソコンで長文を読むのが苦手です。でも携帯をスマホに変えたら電子書籍に手を出してみたいと思っています。

「天体観測所」

 言葉、というよりは対話の潜在的な部分を浮き彫りにしたようなお話です。
 相手の言葉を解釈する時、相手の言葉はメタ言語化されていて、ありのままの言葉ではなくなっています。正しいかたちを求めることができるのか、それを求めることで、燃え尽きた星々への償いになるのかは分からないけれど、誤解があるということを弁えていることが、その手がかりになっているのかもしれません。サリーとアンの関係性よりそっちに心が動かされちゃったよ。

「Flower」

 十代らしい感傷です。アンの気持ち、よく分かるような気がします。おかげで「わかるわ~」という感想しか出てこなかった……。本当に自分の感傷であれば、歳を重ねていくごとに「まあいいや」と折り合いのようなものをつけて済ませられるんですけどね。
 アンは「嫌い」と言い切っているけれど、ふと表出した「嫌いになることにした」という言葉には、きっと未だに断ち切れないアンの葛藤が含まれているのだろうと思います。そこにサリーの言葉が思い返されるのではないだろうか。

「うさぎ小屋のバンパイア」

 綺麗なお姉さんバンパイアと、小学生の少女。良いですね。年上美人への憧憬が強い人間なのでとても美味しいです。あと吸血の描写も好きです。綺麗なお姉さんが血を吸われているのが好きだったりするのですが、綺麗なお姉さんが血を吸っているのも素敵ですね。
 綺麗なお姉さんを自分だけのものにしたいし、あらゆる障害をつっぱねてそれができると思い込んでしまう幼さって何なのだろう。

「アンの箱」

 このお話に挿入されているのが誤信念課題ですね。課題そのものが前景化されているわけではないところが良かったなあと思いました。そこも含めて、喪失をさりげなく仄めかすような言説のあり方が好きです。

「手紙」

 「アンの箱」に引き続き、否、そちらよりもサリーとアンの距離感を間接的に表現し、読者に示唆するような語りになっています。「天体観測所」にて言われていたことに繋がるものが見出せるかもしれません。言葉って全然信頼できないものなんだよなあ。
 失ってから大切なことに気付くとか、気付いた頃にはもう遅かったとか、シンプルだけどとても身近で、誰の物語でどんな結論が見つかったとしても、それで自分自身の物語を慰めることはできないんだろうなあ。だからでこそありふれた主題なのだろうか。各々の物語に別々の形をした穴が空いているような、そんな感じだと思います。

「青い靴」

 強かな女性っていいですよね。何だろう、こう、「私はドSです!!!」って主張するんではなく、暗黒微笑とも違う、言葉では表現しがたい感じのあれです。こういう気持ちを言葉に表そうとすると、どの言葉を選んでもしっくり来ないですね。肝心な時に言葉ってあてにならない。だからやっぱり言葉は信頼できない! この件に関しては私の表現力の問題ですが。
 それはともかく、男の同情も、館主の横柄な態度も乗り越えたところにあるサリーの遊び心には思わず跪きたくなります。私もきっと、彼女の前に畏まって膝を折るしかないしがない人間の一人です。アンのように明らかに強い女(なんか違う)も好きですが、どちらかを選べと言われたら私はサリーの方に跪きたいです。どちらを選んでも私を撃ち殺すのはアン様だから大して変わりはありませんね!(円満解決)

「ビー玉、靴擦れ、ソーダ水」(市井一佳様/flockeripuka

 こちらは市井一佳様の寄稿品だそうなので、サイトのリンクを貼っておきました。
 ティーンエイジャーのハートをくすぐるようなサリーの戯れ言と、まさにハートをくすぐられているティーンエイジャーなアン。水族館の人魚も、靴擦れも、寒い時期に飲むソーダも、ひっくるめると「馴染まないもの」だけれど、そこに意味はあるのだろうかと思ったり思わなかったり。冒頭の水揚げ描写や水族館の杜撰な様子にユーモアがあって好きです。キャプション頑張って下さい。
 短編集全体の雰囲気を汲み取ってこのような物語に仕上げたのか、偶然にも他のサリーとアンの雰囲気に重なったのか、それは分かりませんが、この市井さんの作品も含めて「サリーとアンの秘密」はサリーとアンの物語を集めた短編集なんだなあ、と感じ入りました。

「サリーとアンの秘密」

 このお話が表題作になっているのも、最後(厳密には違うけれど)にこのお話が掲載されているのも、個人的には納得しました。ここまでずっと、どちらかと言うとアンに偏った読み方をしてきたので、少なくともアンの到達点はここにあるんじゃないかと思います。サリーに憧れ、羨み、時に妬んだり憎んだりもしたアンがようやく「自分」を「好き」になれたのかな。特に関連性を意識して読んでいたわけではないので、かなり感覚的な感想ですが。
 読み返している内に「このお話って本当はもっと批判的な目で見つめることを要求されているのかもしれない……」と思い始めたんですが、そうだとしても私は彼女たちの辿り着いた結論に満足しています。いつか再読した時には、別の感想が生まれるのかもしれませんね。

「中島由香と、サリーとアンの秘密」

 擬似的に女の子の三角関係が楽しめて美味しいです。この感想を真に受けてこのお話を読もうと思った方が万が一にもいらっしゃったら先に謝っておきます。すみません。でも読もうと思ったら読めるんじゃないでしょうか。当人たちが当時はそれを誰も恋だとは意識していなくても、いつか振り返った時に「あれは恋だったのかもしれない」とふと思い至ったりするのって悪くないのではないだろうか。でもそういうセンチメンタルをこじらせて長引かせると厄介なことになりかねませんがね。
 恋かあ。恋じゃなくても運命的ですよね。この二人には誰も敵わないでしょう。迂闊に他の誰かが「運命」とか口にしたら失笑ものだよ。
 由香の視点から「杏」を眺めた時、外面的にはさほど差し支えが無くても、やっぱり実際の出来事とは微妙にズレがあります。けれどズレがあっても、「杏」が「やっと杏自身のことを好きになった」という一行には、きっと間違いはないと思いたいです。
 それにしてもキリンはともかく、マンボウやサメやピラルクーと背の高い女の子を同列にするのかいっ! 私もアンほどではないですが背が高い方なのでマンボウやサメやピラルクーと同じ要領で由香ちゃんに気に入られるのかなあ、えへへ。はい、どちらかと言うとコブダイやナポレオンフィッシュと同列の人間はそろそろ黙ります。


 ということで、以上が感想でした。
 物語内容に偏った感想を書いてきたつもりですが、素敵なフレーズも詰まっています。私は特に「青い靴」の「男の独占欲のかたちをしている」と、「中島由香と、サリーとアンの秘密」の「まだら模様な感情」が気に入っています。

 最後に全体の感想について、サリーとアン課題に帰する一言で締めることができたら格好良かったんですが、そんな気の利いた芸当ができるはずもないので普通に終わります。とても充実した読書の時間でした!

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