(感想)永遠に絶えない砂のうた

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 高良さんの作品を読むのは二度目なのですが、あっという間に引き込まれていきました。
 お迎えしてからまだ読んでいない作品もあるので、早く読みたいです。

 『永遠に絶えない砂のうた』はモチーフが面白くかつ物語内容にはっきりと活きているので、とても読みやすい作品だと思います。それから魔法や魔法使いの定義も面白いので、ここで使い切りでは惜しいなあとも。
 内容についての感想は折り畳みました。不思議なことに、読む度に考え方が変わったり感じるものが違ったりするので、突然記事の内容が変わるかもしれません。

 作者の高良あおい様のサイトはこちら→水底の花


 究極のエゴイズム!!! というのが読み終えてからの第一声でした。
 「僕の寿命も……」なんてまさにエゴの極みではないだろうか。

 だって、ロイクの苦悩って「どうすれば恋人がずっと一緒にいてくれるか」ってことに尽きるじゃないですか。「いられるか」ではなく「いてくれるか」、ここが大事、と思いたい。意味はそんなに変わらないんですけどね。(……と言い切りつつも、しばらくしてから「いられるか」でもあるかもしれないなあと思い始めるようになった)

 ちなみに、エゴが必ずしも咎められるべきものだとは思っていません。大事な人と一緒にいたいと思う気持ちは、決して否定されるべきではない。というか、そこにわざわざ第三者が口を挟んだり「エゴ」という言葉で表現したりする意味もあまりないと思います。ロイクはオレリーを愛していたし、だからでこそ「一緒にいてほしい」という気持ちが肥大化して、あのような結末を招いてしまったのでしょう。
 でも、この作品を読み終えた時には冒頭のように「エゴ!」と思ってしまったのです。

 だって、自分の命を削りながらとはいえ、恋人を砂時計のような運命に閉じ込めて、その生を翻弄し続けるなんて身勝手じゃないですか。自分が死ぬまでオレリーを安らかには眠らせないんですよ。そりゃ死んでほしいわけじゃないけどさあ……。読めば読むほど小物臭のする批判の言葉しか生成できない自分が悲しい。

 けれど、先程さらっと言い流してしまいましたが、愛があるから彼のエゴは発露したのだということはわかります。彼を盲目的にしてしまっているのは、肥大化しているのは、愛なのです。彼の言動が愛に基づいていること、これは大事なことだと思います。
 ロイクはもはやオレリーに依存しているので、愛が貫かれている分、エゴも突き詰められていったのかな。友人たちの声も届かないのだろうか……と思わせてしまう構成が巧いです。

 最初にでかい声で「エゴ」と言ってしまいましたが、前後の脈絡を見落とさないことが大事なのではないかと思います。恐らく、人間の狂った感情とかエゴとか、そればかりを抉り出した作品ではないですから。初読の感想は確かにアレですが、再読を重ねているうちに「愛だよね。でもエゴだよね。でもやっぱり愛だよね。でもエゴだよね……(以下延々と繰り返し)」と、切り分けるところを見失っていました。まあ、愛があれば何をしてもいいってわけじゃあないんですけど。

 ここまで色々と綴ってきましたが、私の言いたかったことは全く伝わってないと思います。ロイクの悪口を書きたかったわけではないのです。感想を書くにあたって一つの結論を出そうと思って三回くらい読み返したのですが、未だに悶々としています。
 で、うっかり物語内容にずるずる引き込まれてしまったのですが、これだけ見事に依存的な愛を表現してみせた作者様の筆力には膝を折る思いです。

 やたらに愛愛と言って気恥ずかしいというか、繰り返す度に言葉が安くなってしまっているんじゃないかと危惧していますが、愛とは縁遠い生活を送っているのでまあいいや。愛に生きている方がこの記事を読んでいたらすみません。
 結論としてはこの作品には愛があるというところに落ち着いたのですが、そもそも愛についてよくわかっていないのでとても手探りな感想になりました。が、高良さんの作品はとても好きなので読んでいて楽しかったです。

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